小学校の5年生の時友達と自動車を作って乗りました。

一郎君は私の幼馴染でした。

 

保育園も一緒、小中学校も一緒でした。

 

彼とは小学時代よく遊びました。

 

彼はよくいろんなことを思いつく人でした。

 

鉛筆の頭のふくらみはとてもおいしいとか、手を嗅ぐと楽しいとか、ちょっと変わっていたと言えばそうなのですが。

 

小5のある日曜日だったと記憶します。

 

彼の部屋に入ると、一郎君はすぐに日めくりを見せてくれました。

 

全部が赤い数字なのです。

 

全部休日です。

 

私はうらやましくなって、作り方を教えてくれとせがみました。

 

でも一郎君は、これだけは教えられないと言いました。

 

 

次の日曜、私たちは自動車を作ろうという事になりました。

 

どこからか彼が拾ってきた自動車用のバッテリー、壊れた洗濯機のモーター、それらを取り付けられる丈夫な板。

 

これまた拾ってきた子供用の三輪車、大きめのハンドル。

 

準備万端、ワクワクし始めました。

 

どうしても自動車に乗りたい一心で、私たちは奮闘し完成したのです。

 

電気の知識も全くありません。

 

交流電流も直流電流も知りません。

 

ただあったのは手作りの車に乗って運転するというワクワク感でした。

 

スイッチを入れました。

 

うんともすんともいいません。

 

何度も試みましたが私たちは諦めました。

 

一郎君の提案で、近くの長い坂道に車を運んだのです。

 

乗り込んでハンドルを握りました。

 

車が動き出しました。

 

坂の傾斜はちょうどよかったのです。

 

私たちは歓声を上げ、運転を交代しながら何度も走りました。

 

それから15年たったある日、悲報が舞い込んできました。

 

一郎君が事故で亡くなったと。

 

信じられませんでした。

 

一郎君との思い出は特別です。

 

いつもひらめきを私たちに見せ、私たちを喜ばせてくれました。

 

短い付き合いだったと言えばそうですが、私にとってはいつまでも忘れることのできない「友人」なのです。