親子喧嘩のような家庭学習。

学生時代、たくさんの種類のアルバイトをしました。

 

友人の多くがしていたのに私がしなかったのは勉強を教えるアルバイトです。

 

理由は私の性格だと思います。

 

もう克服したつもりですが、「先のことばかり考えているうちに尻込みする」というものでした。

 

それだけでなく、数学と英語が苦手でした。

 

共通一次世代の少し前でしたので、受験教科に数学がなくその代わりに実技がプラスされるという大学がありました。

 

即、そこに決めました。

 

 

前置きはともかく、私の子供たちと暮らしていて、成長するにしたがってあることに気付きました。

 

それは自我の目覚めに従って、親の言うことを聞かなくても、十代後半、二十代の人たちの話には耳を傾けるということでした。

 

話の中身が同じであってもそうなのですから不思議なものです。

 

思春期の子は敏感ですから、友情や愛情を見抜くものです。

 

ひとたびその友情や愛情を感じ取ったら心を開きます。

 

心を開いたら吸収します。

 

家庭教師を推奨するつもりではありませんが、年齢の近い人から教えてもらう事には意味がありそうです。

 

長男が小三の時にとても苦しかったことを思い出します。

 

転校した先が複式学級で、彼は戸惑い、どうすればいいのか分からなかったのでしょう。

 

算数についていけないで助け船を求める息子に、妻は焦りもあってか、まるで親子喧嘩のような「自宅学習」の毎日でした。

 

やはりどこか傷ついたのでしょう。

 

息子が力を発揮できるまで長年かかってしまいました。

 

あの時、親ではなく年齢の近い若い人が彼にかかわり、学ぶチャンスがあったら、彼は早く変わっていたのかもしれないと思ったりします。

 

でも妻を責める資格は私にはありません。

 

息子を何とかしたいと必死だったのですから。